1章、原点

中国(1984年)

に関心を持ち始めた頃、わが家には水墨画の掛け軸、屏風が飾られていた、そそり立つ山、湖畔に浮かぶ舟には老人が遊んでいるという中国題材の水墨画に囲まれていた。昭和59年、中国は1966年の文化大革命から18年が経ち、日中文化交流も行われていて、一部の情報は誌上にも流れていたが、個人での旅はまだできなかった。だが中国の一部は開放され、観光できると知って、団体旅行ツアーで香港・広州・桂林のたびに参加することにした。

空から見た桂林の山、峰々には感動してしまった。水墨画のそそり立つ山、峰々であった。やっとめぐり逢うことができたという気がした。農夫が牛を引き、棒でアヒルを集めている光景などを見て、人間の営み、生活はどこも同じ自然のリズムの中で続いているという気がしたのであった。

インド(1985年)

くの旅は時間と空間をさまようことである。インド最古のインダス文明にも触れなければならない。インダス文明(紀元前2500〜1800)はインド最古の非常に発達した都市文明である。モヘンジョ=ダロの廃市には沐浴場が残り、ガートまでがちゃんとあり、高度な文明の遺産がある。

インドは一つの価値だけを追求するのではなくあるがままの世界を受容しながら悠久の時をしたたかに生き続けている不思議な魅力に満ちているといえよう。われわれの忘却してしまった生きざまの原点が魅力なのかもしれない。

トルコ(1987年)

ンドを後にしながら、ぼくは次の旅は、トルコに決めていた。民族と民族、文明と文明、宗教と宗教が絶えることなく、ぶつかりあい、戦い融け合った国。紀元前7世紀、地中海の海上貿易を支配していたギリシア人の植民都市ビザンチウムのアクロポリスは「第二のローマ」として東方キリスト教の中心となり、以後1600年にわたる繁栄を誇るのであった。

ぼくはこのアクロポリスの丘を下りながら、四方から見渡せる光景の素晴らしさを忘れることができない。人影のない荒れた道を下りた。ロガンタでチャイを飲み、古い街道を歩きながら、気になる店頭の前で足が止まった。キリムを織っている光景に目がいってしまった。晩秋の日の暮れははやい。夜は寒い。ぼくは地中海の陽光に向かってアンタルヤに出発した。

黄金の海峡 , 1990.