伊藤ノリヒコへの寄稿メッセージ

成蹊大学名誉教授 村上 光彦

「悠久なる時を描く画家」

藤画伯は日本的な画題から出発し、それを深く掘り下げるうちに、人類の相貌の探求という壮大な 課題に到達しました。その実現のために、画伯は地球上をくまなく旅してやみません。

画伯の作品はこのようにして、シルクロードから中米、南米、アフリカにいたるまで地球の横軸のすべてを描いています。それはまた一方で、まさに悠久の時を感じさせる、時間という縦軸に貫かれています。画伯は時間の旅人でもあるからです。

わたくしたちは卑小な存在ですが、古代文明の遺跡に立って、風化に堪えて滅びることのない祖先の偉業を見上げると、この世に生きてゆく勇気が湧いてきます。画伯が描いたピラミットといい、イスタンブールの街の“黄金の輝き”といい、人々がこの地上に生きながら代々引き継いできた夢を感じさせてくれます。題材は時間的にも空間的にも多岐にわたりますが、画伯は一枚一枚の絵画作品にその夢を描き込んでい ます。その一枚一枚に接するとき、この豊かな夢を表現しながら画伯が感じた喜びが、生き生きした筆触をつうじて伝わって参ります。

画伯にこれらの絵を描かせた感動が、画伯からわたくしたちの心に流れ込んできます。そしてわたくしたちは、画伯自身の歓喜に共感するのです。このたび、これまでの歩みの総まとめともいえる絵画作品並びに旅の紀行文をホームページ上で多くの方々にご紹介されることは、大変喜ばしいことです。これはかならずや、伊藤則彦画伯の新しい旅立ちを示す里程標ともなるでしょう。

芳賀 和美(美術ジャーナリスト、「三彩」元編集長)

本人の心と文明の融合を描く画家

藤ノリヒコさんの生まれ故郷、広島県三次市は、瀬戸内海より中国山地に入り、島根県境に近く、周囲を山に囲まれた美しい町である。また日本で霧の発生が多い場所の一つで、その美しさはまるで水墨画の世界を再現してくれるという。伊藤さんはこの町で18歳の高校時代まで過ごしている。

このような町で幼少期から多感な青春期を送れば、否応なく風景に対する感性が形成されてくるのはごく当然なことであろう。後に、伊藤さんは世界各地を巡り、遺跡などを中心にした風景画を描くようになるのだが、生まれ故郷で培われた風景に対する感性は、作者の心の底に脈々と流れていて、画面に描かれた対象は違っても、観る者へ懐かしく温かい気持ちを伝えてくれる世界を形成する。いわば、伊藤さんの原風景であり、本来日本人が帰りたくなる故郷、やすらぎの里というべきものである。

この日本人に共通する故郷的な感性に加えて、伊藤さんは画暦を重ねるとともに世界各地の文化史蹟を対象としたこともあり、人間の営々と築いてきた叡智の産物である文明へ視野が広がり、自然風景にヒューマンなものが加えられ、その作品は伊藤独自の世界へ伸展してきている。

なかなか、日本人の持っている風景に対する思いと文化史蹟を中心とした世界の風景はピッタリと重なり合うことは少ないのだが、伊藤さんの画面からはあまり違和感がなく、日本人にも受け入れ易いものが発せられているように思われる。
それは決して器用な表現による上辺だけのものではない。そこに描かれているものは、伊藤さん独自の強烈な色彩を画面一杯にたぎらせた夕陽の中の史蹟であったり、川面に浮かぶ舟であったり、人間の古くから繰り返されてきている生活臭の漂う人々であるのだが、そこに注ぐ伊藤さんの眼は優しく、しかし悠久の世界を見通す透徹したものを持っているものだから、独自の世界が構成されるのである。

そこから発せられるものは、伊藤さん特有の画面構成だが、独善的でなく、観る人を惹き込んでしまう説得力がある。伊藤さんの立っている視点の良さ、心の優しさである。この視点は、最近ではさらに拡められ、益々深められてきていて、世界各地の情報に詳しくなってきている現代人に対しても、伊藤さんの絵は、リアリティーのあるものとなり、納得させられるものとなってきている。

2001年6月のカンボジアのアンコールワットや南米のアンデス文明を取材した展覧会「文明の風景22-アンコールワット&アンデス文明の残照」にも作者の眼はさらに深められてきていて、視るということは洞察するという作者の内なる風景感がよく窺われる。もともと伊藤さんは色彩の表現には、天稟のものがあり、これが画面に強烈に吐き出され、観る者を惹きつける迫力の一つとなっている。伊藤さんの画に接する人はまずこの強烈な色彩の洗礼を受けることになる。このぐいぐい迫る色彩には、とまどいを受ける人も一部いるかもしれない。だが、良く見ていると圧倒的な迫力と整理された画面からは、観る人々を包み込んでしまう包容力に満ちた何かが発せられていて、いつの間にか見入ってしまうのである。

藤さんの世界の風景は、1984年の中国・桂林を中心とした取材から始まり、タイ、ネパール、インドなどアジア各地へ繰り返し訪れ、トルコのイスタンブールやギリシャのアテネなどへ拡大されるにつれて、表現すべき世界が絞られてきたようで、「文明の風景」シリーズとして確立され、現在に至っている。この一連は2001年6月の個展「アンコールワット&アンデス文明の残照」で22回目となっているが、だんだん単に遺跡を描く風景にとどまっているものではなく、人間の永遠の命題ともいえるヒューマンなものが深められ、心の中に響き合うものが強くなってきているように感じられてならない。

遺跡を主題としながらも、刻々と移りゆく光や風の動きなどが描かれていて、日本人には納得し易い文明への導入となっている。また、そこに暮らしている現在の人々を描くことによって、その遺跡は時空を超え、悠久なる世界へと昇華されている。
また、展覧会を見てもわかる通り、遺跡の風景だけではなく、伊藤さんは目に映る人々や花などをスナップショットのように切り取って描き、しかもそこには現代的な感性が溢れていて、仲々心地よいリズムを奏でている。これらの中でも、人間を描いた作品は実に活き活きと描かれ、遠くの人といった感じが全くしない。伊藤さんの人柄でのせいであろう。

伊藤さんが描くべき世界の全容は膨大であり、22回とはいえ、まだ端緒についたところかも知れず、前途洋々である。世界各地には、伊藤さんに描いて欲しいと願っている風景や遺跡、人々がいっぱい待っている。年齢的にみても、これからが円熟する時期を迎える頃であり、現在の仕事をどんどん推し進めるべきであり、その期待に充分応えられる伊藤さんでもある。伊藤さんが目指している道は独自のものであるかも知れないが、決して独善ではなく、賛同者も数多い。ぜひ、描きに描きまくり、スケールの大きな仕事にしていただきたいと念願している。